Run x Climb = Fun!!

登って走ってスピードハイク

Training for the New Alpinism: A Manual for the Climber as Athlete

世界的な登山家のSteve Houseさんが、同じくクライマーのScott Johnstonと共に定量的なパフォーマンス測定や科学的・計画的なトレーニングに基づいてアルパイン・クライミングを実践するための方法や知識をまとめた本。 

Training for the New Alpinism: A Manual for the Climber As Athlete

Training for the New Alpinism: A Manual for the Climber As Athlete

 

夏のアメリカ出張の際、シアトルのREI本店に置いてあるのを見て「そうそう、こういう本が読みたかったんだよ!」と思ったものの、荷物の制約上(汗)そこでは買えずに後になってKindle版を入手して、少しずつ読み進めて一通り読破。

Steve Houseさんというと、ナンガ・パルバットのルパール壁(K2と並んで難易度の高い8,000m峰にある世界最大の標高差(4,800m)を誇る壁。初登はメスナー)をアルパインスタイルで完登したことが知られているけど、彼のクライミング・キャリアを通じて得た知見が惜しみなく詰め込まれていて、アルパイン・クライミングに興味のある人や、クライミングのパフォーマンスを向上させたいと思っている人はバイブルともなるであろう本。

The Cyclist's Training Bible

The Cyclist's Training Bible

 

自転車競技では、Joe Frielさんが1995年にPeriodization理論をベースにした"Cyclist's Training Bible"を出したことでトレーニング方法を議論・実践する礎が築かれたと思うのだけど(故に英語圏では長らく"The Bible"として親しまれてきた)、アルパイン・クライミングの世界では"The Bible"と言えるような存在はなかったと思う。これは、クライミング、特にアルパイン・クライミングが技術的な要素を多分に含み、かつスポーツ・クライミングトレイルランニングを除く登山活動全般が「科学的なトレーニング」という文脈から遠い所で確立されてきたことが大きいのではないかと個人的には思う。

そういう意味で、野心的な次世代のクライマーがキャリアを通じて正しい方法で目標設定をして、トレーニングを積み、経験を積んでいくことでアルパイン・クライミングの世界が大きく前進するためのマイルストーンとして素晴らしい価値をこの本は提供している。

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特に印象的なのが、登山活動の基礎となる有酸素運動と代謝システムに関する理解を深めることの必要性と、高いパフォーマンスを得るためのベーストレーニングの重要性、そして具体的なトレーニング方法や評価方法の説明に多くのページ数を割いていること。持久能力の重要性は本の至る所で強調されていて、必ずしも「とりあえず登れば強くなる」わけではないということが、時代を代表するクライマー達が書いたエッセイ等でも触れられている。ちなみにこのエッセイを書いているクライマー勢がとても豪華なのがナイスで、例えばアイガー北壁を2時間48分 で完登したウエリ・シュテックや、高所のアルパイン・クライミングのパイオニアとも言えるヴォイテク・クルティカなどといった面々の文章を章の合間に楽しく読める。

6,000mや7,000mを超える超高所で体がどういった反応を示すかとか、トレーニング期の食事はどうすべきかとか、ビッグ・マウンテンの挑戦に向けた調整や遠征に向けた準備はどうするかとか、モチベーションはどうやって維持するか…といったところまで細かく書かれているけれど、自分のようにスピード・ハイクで高いパフォーマンスを発揮した登山を楽しみたいといったカジュアルな読者にとっても有意義な情報がたくさん詰まった本だと思う。

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トレーニングとはあなたがやる作業ではなく、その作業によってあなたの身体が反応したことの価値でありコストである。(Renato Canova)

(有酸素運動のパフォーマンス向上寄与する)ミトコンドリア内の酵素反応は、たった数分間の短いトレーニングによっても誘発することができるが、数日間のトレーニングのオフによっても反応が低下することが知られている。故に、有酸素運動のパフォーマンス向上のためには定常的かつ継続的に有酸素域の刺激を与えることが重要となる。また、この酵素反応はトレーニングの長さに対しても強く反応することが知られている。

"有酸素運動キャパシティー向上"
有酸素域の代謝システムのためのエネルギー製造のパフォーマンス向上に寄与するのは:
- 筋肉内のミトコンドリア
- 有酸素域の代謝システムの効率化のための酵素反応
- 筋肉の毛細血管密度
- 心臓が送り出せる血液量
- 血液が運ぶことができる酸素量
- 筋肉内に保持することができる酸素ストレージ
適切なトレーニング強度を維持することで、これらの要素に影響を与えて有酸素運動キャパシティー向上を狙うことができる

我々がこの本を書いた理由は、あなた個人のクライミングを変容させる道標を作る手助けをすることだ。基礎的なトレーニング計画をなぞることは多くの人に価値を与えると考えている。あなたの基礎体力は驚くべき向上を見せるだろうし、クライミングの喜びが増えることで、あなたはあなた自身の中に何かを見つけるだろう。あなたは山でより速く、安全に活動できる。すべての人が新しい地平を開くことができるわけではない。だが、この本に書かれている方法を試すことで、あなたはあなたの意思が求めた分だけ前に進むことができるはずだ。